平成23年8月27日(土)歴史講座4回目

歴史講座

 ~米沢のまちづくりを考えるの巻~

*児童会館第1クラブ室にて、佐藤講師の話を聞く。

   

○まちはいつも変化している!

  いつの間にか建物が無くなったり、新しい建物になっていたり、と今も米沢のまちは生まれ変わっている。私たちは、変化するまちを目の当たりにして「どんなまちを作っていくのか?」ということを真剣に考えたことがあるのだろう  か?人任せになっているのでは?

  ●まちづくりは、米沢市に暮している私たちが考え、進めていかなければならない。特に小学生の方は、米沢の未来のまちを考えてほしい。

と佐藤講師から熱烈に話がありました。

 

 ○それでは、米沢市は何をしているのか、というと、

   「米沢市景観条例」を作りました。平成22年3月31日にできたばっかりの条例。そこには、

   ・豊かさとやすらぎを感じ、市民が誇りと愛着を持てる景観を形成・・・

   ・市が有する歴史的景観、文化的景観、および自然景観は地域の特性であること、及び次世代へ受け継ぐ財産であること・・・略・・・協同を推進することでこれらを整備し・・・

   つまり条例では、『すてきなながめのまちをつくりましょう』と言っている、と話され、条例の概略の説明がありました。

 

*さて、今学んだまちづくりの視点からいよいよ歩きです。

 ≪コース≫ 約1時間20分ほどの行程

  児童会館を出発 ⇒ 松が岬公園の赤い橋(菱門橋) ⇒ 上杉神社稽照殿 ⇒ 松が岬公園北側の蓮池 ⇒ お堀の北側道路を通り、まいづる幼稚園前、松岬神社の西側塀 ⇒ 参道を通り、上杉城史苑東南角の交差点 ⇒交差点から東へ、九里高校前の道路を歩く ⇒ 米織会館手前で左に曲がり「武者道」を歩く ⇒ 天満神社の前を通り平和通商店街へ ⇒ 平和通商店街を西に歩きホテルサンルートの交差点から南へ曲がる ⇒ 歴史公園整備地区 ⇒ まっすぐ南に歩き、割烹東家の向かいから西へ曲がる ⇒ 途中くねった道路のところで江戸時代の道・水路の話を聞く ⇒ 上杉博物館の丘の上から上杉記念館等を眺める ⇒ 児童会館へ

*児童会館を出発し、松が岬公園の赤い橋(菱門橋)に。ここも“すてきなながめのまち”。

   

*松が岬公園内を歩き上杉神社稽照殿に。東日本大震災の影響があり、現在修復中。来年3月いっぱいかかるとの話を聞く。

   

*松が岬公園北側の蓮池にて

  この蓮池は、元からあったものではなく、2004年10月に作られたもので、ここも“すてきなながめのまち”と言える、と。

       

  また、町並みについて、建物のデザイン・屋根の色等、関係者みんなで同じ色などにそろえようとすると、市から補助金が出る。しかし、これは1~2年でできるものではない。10~20年はかかる。だから小学生のみんな、ぜひまちづくりを考えていってほしい、と佐藤講師から。

*松が岬公園北側のお堀沿いに歩き、まいづる幼稚園脇の松岬神社の塀を見る。以前この塀はコンクリートだったのを、昔風の白い壁と板塀になおしている。この方法を「修景」という。

       

板塀の脇にある“消火栓#”、なぜ赤い色じゃないのか。板塀に合わせて茶色になっている。歴史的なところであり、このように周囲と合わせることも大事なこと。

      

*上杉城史苑南側の上杉神社への参道にて

 ・この参道は昔、自動車が走っていた道路だった。

 ・交差点から西側と東側を見る。どう違うのか? それは『電柱・電線』があるか無いかの違いだった。あるのと無いのとでは、ながめが全然違う。電柱等があると景観が損なわれてしまうことを実感する。ニューヨークでは地中に電線が埋まっている割合:72%、日本全体ではどうか、なんと1.2%(工事費は地中電線にするのは通常の20倍らしい)。

交差点から西側・南側を見る:電柱が無い

        

反対に東側を見る。電柱・電線がいっぱい。

    

*米沢の特産品の紹介として最近作られたものを見る。これは歩く人に視点を置いて考えられたものであり、参道から九里高校の方向に歩く途中にも発見した。また歩いている中、マンションが新しく建てられてあったりして、市としても歴史的景観を目指しているが、何ともしがたいものがあるようである。まちづくりの難しさを感じた次第。

     

*九里高校と米織会館の間辺りの向かい『武者道』に入る。

 江戸時代の道がこうして残っていることは貴重であり、“米沢駅からまっすぐ平和通に入り、途中からこの武者道に曲がり、九里高校の前の道路から上杉神社の参道へ”という観光ルートが整備されれば・・・と佐藤講師の言葉。なるほどそうなれば、“すてきなながめのまち”になるだろうと想像がふくらんだ。

          

    9月1日号の“広報よねざわ”を見ると、「市道女子高東通り中央3丁目線整備事業(武者道整備)延長約190m、平成24年度オープン」と記載されていた。楽しみである。

    

    

*武者道の途中、家の玄関口・周囲をすてきにされている家があった。長野県の小布施では、“マイガーデン構想”「観光客に自由に個人の家の庭に入って見てもらおう」というものを推進し、観光客が大幅に増え、大きな活性化につながっている、との話を聞いた。そして、米沢市では、武者道の整備の一部として、現在、電柱を取ろうとの計画があることを聞く。

  

*さらに武者道を歩き天満神社のところへ

 米沢に2ヶ所残っている土塁の跡の一つであり、神社があったのでこわされず今も残っている。ただし、今、神社に神様はいない。近くの皇大神社に移っており、そのうち壊されるかもしれない、と聞く。

  

*平和通商店街に入り、武者道のPRのポスターを見つける。「武者道 まち歩きをしてみませんか」主催が“むしゃみち歩き隊”とあり、今日実際に歩いた私たちは嬉しく思った。

    

*平和通駐車場の南脇にて

 「(仮称)まちなか歴史公園整備予定地」の看板が立てられてあった。今までは、○○公園ができたから、と楽しんでいたが、これからは“こういう公園はどうか”等地元の人々が最初から関わって一緒に整備していく、という姿勢になりつつあり、この歴史公園整備もそう進んでいる、と聞く。このことは米沢市景観条例に書かれてある「協同」につながる。そして、米沢城の三の丸土塁跡であり、土塁は残されるらしい。

    

  

*東北電力米沢営業所の前で、ゴーヤのグリーンカーテンを見る。さわやかな感じがした。

  

*割烹東家向かいから西へ歩く

 車が通らない道路で、江戸時代のまま残っているところがある。ここの道路もそうである。ジグザグな道・水路等。

 早稲田大学の卯月教授の言葉:江戸時代からの水路がたくさん残っているのが米沢である

    

    

*上杉博物館の丘にて

 ここからのながめが観光客に人気。特に“すてきなながめのまち”は「上杉記念館の建物」。

    

*児童会館に戻り、佐藤講師より参加した小学生へ

  今年度の歴史講座の最後の言葉:『昔のことを知る これからのことを考える これを合わせて進んでほしい』

*4回シリーズの歴史講座、毎回新しい発見の連続、車では気付かないことが多くあること、歩いて触れ合うことの大切さ、等々学びました。参加した小学生の方々もこれから米沢を見る目が違うようになるのではないかと期待しています。